野球

終わるからこそ美しい。イチローの引退に寄せて

試合後に行われることとなった会見で、引退を口にすることは誰もが察していたことでしょう。その時間を遅らせるように、遠ざけるように、アスレチックス vs. マリナーズ第2戦は延長12回まで及びました。

2012年に同じカードの公式戦が日本で行われるとなったとき、「イチローも38歳、もう観られるのはもう最後かもしれない」と、親善試合の巨人戦とともにチケットを購入しました。前年にはメジャーリーグで続けてきたシーズン200安打、そしてNPB時代から続いていた打率3割が途切れ、「いよいよ」と思ったのです。あれから7年、同じバッターボックスに同じ選手が立っていることには、驚嘆するほかありません。

ただ、肩の力と脚力こそ健在なれど、打席でのスイングには力みが目立っていました。自ら区切りとした日本での試合で、結果が出ないもどかしさもあったかもしれません。しかし、あれだけのバッターがらしくないアッパースイングを繰り返し、一塁側へのファウルを頻発する。振り遅れまいと身体の前でさばこうとする姿は、これまでのプレースタイルとは異とするように見えました。

無理もありません。昨年の5月を最後に実戦から遠ざかり、練習こそ続けていたものの、試合で相手ピッチャーが投げるボールを打つ感覚はまったく違うもの。どれだけ試合に出ていても、一度離れてしまえば「試合勘」と呼ばれるそれを取り戻すのは大変に難しいことです。

キャンプ終盤に決断したという引退。野球ファンにとって、あまりに当たり前だった「イチローがどこかでプレーしている野球」が終わります。それでも、「終わること」は、やはり美しいと思うのです。イチローの残してきた功績は誰もが認めるものでしょう。それが本当の意味で輝くのは、続けているときではなく終えるとき。この日をもって、イチローにまつわるあらゆる数字、あらゆる記録、そしてプロ野球人生が「確定」したのではないでしょうか。

23時を過ぎた東京ドームには、ファンからお礼とばかりにイチローへの“アンコール”が響いていました。それこそが、イチローがヒットとともに積み重ねてきた数字以上の何か。ファンに残し、誰かに与えた、実にたくさんのギフトを証明するものです。そのすべてが、彼への声援に――。ここにイチローの「フィールド・オブ・ドリームス」が完成したのです。

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