先日Twitterでこんなご質問をいただきました。

おもしろい着眼点! 確かに、何かしらの意味を考えると興味深いポイントです。ということで、思考をめぐらせてみました。ちょっとした考えのお遊びみたいな感じで読んでいただければと思います。

ちょっとした考えのお遊びで――というのも、考察って意味をもたせようとすれば、どんなところにでも意味をもたせられるものなんですね。微に入り細に入り、どんどん考えをめぐらせていける。そこが楽しくもあり、同時に危なくもあります。作り手の考えから離れすぎてしまうことがあるからです。

今回の質問は非常におもしろいのですが、僕が出した結論はちょっと大げさすぎた気がして、こう書いた次第です。念のため申し上げますと、決して鍋さんのことを悪く言っているわけではありませんよ! ではでは少しだけ、考えを波に委ねてみましょう。

 

行く人、来る人

桜内梨子がなぜ「海に還るもの」というタイトルを付けたかは、正直わかりません。なぜ海をモチーフにしたのか、何を表現しようとして作曲したのか、まったく語られていないからです。

ですので、この子を内側からではなく、少しだけ外側から見てみましょう。僕はやはり「海に還るもの」は梨子のことを指しているのではないかと思います。

梨子は当初、東京からの転校生として描かれていました。ピアノの発表会で「海に還るもの」を弾くことができなかった梨子は、何でもいいからこの曲のイメージをつかみたいと、海の町・内浦にやってきます。

この描き方からして、「何かを得るためにやってきた→何かをつかんだら東京に帰っていく」と感じるのが自然です。こうはっきりと言語にせずとも、アニメシリーズ序盤で梨子に対して「東京からやってきた人」という感覚をうっすら抱いていた人は多いのではないでしょうか。

その後、梨子はこの町で一緒に輝こうとする仲間を得て、内浦という土地に馴染んでいきます。スクールアイドルとしてステージに立ち、練習を重ね、Aqoursの一員としてこの町の魅力を見つけていくのです。しかして梨子は、Aqoursのメンバーとの日々を送り、高海千歌の後押しもあって、「海に還るもの」を披露できるまでになりました。

もう一度コンクールの舞台に立ち、「海に還るもの」を奏でるために東京へ行くことにした梨子。同じ日にラブライブ予備予選を戦う千歌から、次は一緒にステージに立とうと声をかけられたると、「もちろん!」と答え、力強く一歩を踏み出していきます。彼女はピアノを弾くために東京へ「行き」、今度はみんなでステージに立つためにAqoursの元へ「帰る」。東京から転校し、Aqoursとして毎日を過ごす中で、内浦は、Aqoursの仲間たちがいる場所は、梨子にとって“ホーム”になりました。

自分に聞いたの、どっちが大切なのか。すぐ答えは出た。今の私の居場所は、ここなんだって。

見事リベンジを果たした梨子は、みんなの元に、みんながいる海に帰ってきました。そう、「海に還るもの」とは、桜内梨子だったのです。