本の感想

二階堂幸「ありがとうって言って」人と人との関係を鮮やかに描く、あたたかな短編集

「ありがとうって言って」書影

と、つぶやいてから2カ月少々。発売日にこの漫画を購入し、二度三度と読んでは二階堂幸さんの世界観にひたっていました。感想を書くというのはどこかで冷静になって言葉を探して積み重ねなければならず、こうして筆を執るまでにだいぶ時間がかかってしまいましたが、それだけ氏の描く物語は美しく、微笑ましい、魅力的な世界だったのです。

まず目を引く、絵の美しさ

TLの作り方次第ではありますが、二階堂さんの漫画をTwitterで目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。確か2017年ごろだったと思いますが、私もTwitterで作品を見て好きになったクチです。

最初に惹かれたのは、絵の美しさ。

こんな感じで、男性はカッコいいし、女性は超きれい。特に女性のばちこりぱっちりなお目々は個人的に大好物で、この目に惹かれてファンになったようなものです。

と、真っ先に目がいくのは(やはり)登場人物なのですが、彼らがいる世界を支えるのが、丁寧に描かれた背景と小物。これはぜひ短編集を手にとって確かめていただきたいのですが、本当に細やかです。背景や小物がここまで描き込まれることで、こんなにも登場人物のいる世界が鮮やかになるんだと一驚しました(あと登場人物のファッションがめっちゃ好き)。

背景が美しい「ありがとうって言って」

人と鬼、人とアンドロイド

短編集「ありがとうって言って」で描かれるのは、誰かと誰かの関係性です。例えば先生と生徒、男女のカップルといった定番どころから、実社会にいる人と鬼だったり、人とアンドロイドだったり。

中でも、二階堂さんならではの世界観が楽しめるのが、人と“人ではない人”の物語。例えば1本目に収録されている「あなたの隣にも〜鬼〜」では、20代くらいの人と鬼の女の子が、ストリートスナップの被写体になってほしいと依頼されます。その際に鬼の子がポロッと言うのがこれ。

鬼の子の一言「ツノが生えてる人種はまずいですか?」

1本目からハッとさせられる場面ですが、肝となるのはこのあと。1ページ丸々つかったシーンで、人間の女の子が鬼の子にかけるセリフに、とてもあたたかな気持ちになりました(二人の後ろに描かれている存在もまた良いのです)。種族の違う二人だけれども、まっすぐな信頼で結ばれているのが分かるシーンです。

「〜鬼〜」と連作になっているのが「あなたの隣にも〜人〜」。企業で働くアンドロイドである新井さんと同僚の藤川さんを中心にコミカルな話が描かれます。コンセントで充電するなど、アンドロイドらしい一面をのぞかせる新井さんですが、裏表のないぱっきりとした性格はとても魅力的。ジェネレーションギャップ(?)に抵抗する姿は、人間となんら変わりません。

ジェネレーションギャップに抵抗する新井さん

だからこそ、種族の違いってなんだろうという疑問が、ふと頭をよぎります。人と鬼、人とアンドロイドは違うけど同じなんだ……と考えがちですが、やっぱり違うんじゃないかな、と私は思います。多分、この二本を読んだあとで「違うけど同じ」という人と「同じだけど違う」という人に分かれるんじゃないでしょうか。

何気ない日常に一種のスパイスを加えた“二階堂幸ワールド”的な二本を取り上げましたが、「じゃあ社会派の漫画なのか」というとそうではなく……いえ、もしかしたら作者の意図としてそういった面があるのかもしれません。ですが、考えさせられる点がある一方で、でもそれよりも「登場人物たちと物語のあたたかさにただ触れていたい」と思いながら読んでいます。

人と人との関係性を描く「ありがとうって言って」

ある意味で特殊な二本をピックアップしましたが、他にも男性の先生に恋する女性との挫折と挑戦を描く「先生が好き」。トマトがめっちゃおいしそうな……じゃなくて、友達のお母さんを好きになった少年がひとつ大人になっていく「翡翠色の瞳」。初詣に向かう女の子の軽やかさがとっても魅力的な「Run!」。小さな男の子と動物たちの小さな冒険を可愛らしく描いた「よっつのドーナツ」。学生カップルの、きっとこの先ずっと忘れられないであろう節目となる卒業旅行を描いた「恋のスイングバイ」と、色とりどりの作品が楽しめます。

どの作品でも感じられるのが、登場人物がみんなあたたかいこと。そして、これは彼ら・彼女らの関係性を切り取った一幕であること――つまり、これまで積み重ねられたものであり、これからもずっと続いていくのだろうということです。

続きがあるということは、未来がある。このあたたかな人たちの未来が、どうかあたたかなものでありますようにと願う。読者の胸には、そんな気持ちが到来するのではないでしょうか。誰かの幸せを願う気持ちが生まれる……それこそが、本作の持つ“あたたかさ”の正体なのかもしれません。

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