目の前で繰り広げられる、圧倒的なパフォーマンス。伸びやかな歌声とハーモニー、そしてよく動くダンス。Saint Snowの楽曲は、自分たちやμ’sとはまったく違うジャンルの音楽ゆえに、余計に衝撃的だったかもしれません。高海千歌たちは、初めて出会う他校のスクールアイドルのクオリティに圧倒されながら、自分たちのステージを始めなければなりませんでした。

 そのSaint Snowでさえ、入賞は果たせなかったのです。

 

初めての挫折

 自分たちと他のスクールアイドルとの力量差を痛感したAqours。千歌はみんなを励ますように明るく振る舞いますが、他のメンバーたちは、目指すべき場所と現在地とのかけ離れた距離を目の当たりにしたせいで、なかなか顔を上げることができません。

 トップレベルのスクールアイドルなら「これくらい、できなきゃダメ」なのに、そのすごいと思ったSaint Snowさえ入賞できなかった。渡辺曜は、レベルの差を噛み締めます。レベルの差で済むのならまだよかった。東京はすごいところで、東京のスクールアイドルもやっぱりすごい。だからこれだけレベル差があっても今は仕方がないと、自分を慰めることができました。

 しかし、投票結果は違います。投票結果によるランキングの順位は仕方がなくとも、得票数は自分たちの問題です。他のスクールアイドルよりもAqoursに魅力を感じた人は、ゼロ。ただの一人もいなかったのです。

 これまでAqoursは、あったかい人たちに囲まれて育ってきました。失敗しかけたファーストライブは、町の人たちが総出で駆けつけてくれた。その町の人たちとともに、何万回も再生されるようなPVも作ることができた。多少の紆余曲折はあれど、大きな挫折もなくここまで来たAqoursには、少なからず自信があったでしょう。「勘違いしないように」と言われていたのに、どこかで「勘違い」してしまったのかもしれません。そこを突いたのが、Saint Snowの一人・鹿角理亞が言い放った「ラブライブは遊びじゃない」という言葉です。

 

小原鞠莉の願い

 その「勘違いしないように」と言った当の本人は、内浦の外の世界を知っていました。いいえ、黒澤ダイヤだけでなく、小原鞠莉も、松浦果南も自分の庭から出ることの厳しさを知っていた。ゆえに、「外の人に見てもらうとか、ラブライブに優勝して学校を救うとか、そんなの絶対に無理なんだよ」という言葉が出てきます。自分たちと同じ思いはさせたくないという、果南なりのやさしさです。

 千歌たちに対する果南のやさしさは、ダイヤや鞠莉を大事に思っていたからこそ発露されたもの。しかし「絶対に無理」と言われても諦められないのが、当の鞠莉でした。おそらく鞠莉も、スクールアイドルをやっていた頃に少なからず壁にぶつかっていたはず。でもそれをみんなで乗り越えるのが楽しかったのではないでしょうか。彼女はAqoursに自分たちと同じ思いを「してほしい」……つまり、果南やダイヤとは異なるたぐいのやさしさで、後輩たちを見ているのかもしれません。

 1年生のころ、果南たちにスクールアイドルへ誘われながら乗り気でなかった鞠莉は、一度は断るも、「うんって言うまでハグする」という果南に負けて、浦ノ星女学院のスクールアイドルに加入しました。ハグは、諦めない気持ち。絶対一緒にいてほしいという思いの表れ。だから鞠莉もまた、果南をハグで迎えようとします。

 伸ばした腕に込められていたのは、本当に楽しかったあの時間を取り戻したいという気持ち。3年生の鞠莉は、ダイヤと果南に出会えた高校生という時間を、あのまま終わらせたくないのです。

 

0は始まりの0

 終わらせたくない、と思っている人物はもう一人いました。

 みんなの前で前向きな発言を繰り返してきた千歌の胸中は、実に複雑なものでした。「言い出しっぺ」としての責任と、みんなを引っ張らなきゃという義務感と、自分の頭を殴りつけるほどの悔しさと。その悔しさが生まれるのも、前向き発言を繰り返していた彼女自身が言ったとおり「精いっぱいやった」からです。前向きな言葉も、これまで取り組んできた思いも、決して嘘ではありません。

 ただ、他の子たちは「言い出しっぺ」ではなく、「高海千歌」がどう思っているのか知りたかった。だから曜は「悔しくないの?」とぶっ込むし、「やめる? ……やめる? スクールアイドル」と訊きます。これは昔から千歌とずっと一緒だった、曜なりの励まし。幼なじみが少なからずショックを受けていたことをわかっていたのではないでしょうか。

 そしてその曜もまた、千歌に背中を押してほしかったのかもしれません。「やめない!」という言葉で、前を向かせてほしかった。聞き分けが良すぎると思ってしまうほど本心を大っぴらにしない、曜らしい一幕です。

 曜から見た千歌は、「中途半端が嫌いなんですよ。やる時はちゃんとやらないと、気が済まないっていう」人。曜が聞きたかったのは、「千歌ちゃんの『ちゃんとやる』って、どこまで?」です。がんばって、精いっぱいやって気が済んだ? そんな曜の問いかけに、梨子を介して返ってきた千歌の答えは「悔しい。やっぱり私、悔しいんだよ……」でした。遊びと思われようと誰が何と言おうと、千歌は本気だった。時代も、他のスクールアイドルもどうでもいい。ただただ本気だったから、こんなにも、こんなにも悔しいのです。

 「何が待っているのか確かめたい」とは、自分たちは何ができるのか、何を残せるのか確かめたい、と同義です。μ’sは夢、「0」は現実。リアルを部室に掲げて見つめるAqoursは、目標をμ’sからAqoursに切り替えました。ゼロからイチの扉を開くために、“μ’sみたいなスクールアイドル”ではなく、“Aqoursとして輝くこと”を目指すのです。

 「0」は結果だけど、終わりじゃない。とあるスクールアイドルをずっと影から見守ってきたあの人なら、きっとこう言うのでしょう。「完敗からのスタートか」と。