アニメ1期感想

渡辺曜を救った「やめない」の意味―ラブライブ!サンシャイン!!第11話感想

 聞いた話で恐縮なのですが、女の子には「仲が良いと思っていた子が別の子と仲良くしていると妬いてしまう」現象があるそうです。男性である自分の過去を振り返ってみると、確かに疎外感を覚えることはあっても、嫉妬を抱いたことはほとんどないように思います。女の子特有の心情なのかもしれません。

 渡辺曜は、そんな「普通の女の子」らしさを持つ高校2年生でした。

 

天界的合致を支えるモノ

 これまで曜は、実にそつがない女の子として描かれてきました。大きなトラブルや悩みの種を抱えることなく、ある時は一歩引いて、ある時は一歩前に出ながら、その時々に適したポジショニングでAqoursの活動を支えてきました。

 人との距離感や物事のコツを捉えるのがうまく、自分に対する拘り(「こだわり」ではなく)や羞恥が少ない。自分を大事にしすぎないから、チラシ配りでも見知らぬ人に対して気持ちよくアプローチできるし、いつの間にか仲良くなれる。スポーツで例えるならば、切り込み隊長にもバックアッパーにもなれるユーティリティプレイヤーです。自分自身を調整しながら周囲の子たちの中にうまく溶け込むのは、この年代の女の子にとって大事なコミュニケーションスキル。ゆえに、曜は人気者なのでしょう。

 この“自分を調整する能力”――能力というより傾向でしょうか――は、桜内梨子の代役に抜擢されてからの練習風景に表れています。何度も同じところでぶつかってしまう高海千歌に対し、曜は「私が悪いの、同じところで遅れちゃって」「私が早く出すぎて」と、遅かろうが早かろうが自分の責任だと繰り返しています。

 それは彼女が半ば無意識に行っている“自分を殺す”言動なのですが、卑屈さを表に出さないゆえに、不自然に受け取られることはありません。千歌にいつもと同じ歩幅で踊らせ、自分が「渡辺曜」ではなく「桜内梨子の代役」として機能すれば、ほら、うまくいく。

 この「天界的合致」(なんだそれは)は、外から見るとちゃんと形になっているからOK。でも内側を見ると、曜ひとりの滅私によって成り立っています。曜は自分自身を表現できていないのです。曜からすると、千歌が梨子との間合いで踊っている現状は、自分が「渡辺曜」と認識されていないことになります。

 そんな現状に対して曜は、「これでよかったんだよね」と自分に言い聞かせます。私が合わせれば丸く収まる。だから、よかったんだよね。

 

小原鞠莉の“すくい”

 悩める曜の心をすくい上げたのは、小原鞠莉でした。他に誰一人、気が付かなかった曜の心のなかの「嫉妬ファイヤー」を見抜き、絶妙な踏み込みと距離感で本心を引き出します。ここで初めて、曜は自分の内側に潜む卑屈さを表に出しました。

 「昔から千歌ちゃんと一緒に何かやりたいなってずっと思ってた」と話す曜。しかし、その思いはなかなか成就しませんでした。彼女は千歌が「中途半端は嫌いだから」だと結論づけていましたが、それは一番近くにいる友人としての観察結果であると同時に、もしかすると自分を納得させるための答えだったのかもしれません。

 そうした中、やっと千歌が「本気」で取り組もうとしていることに自分を誘ってくれた。それがスクールアイドルです。発足当時、千歌は「曜ちゃんが水泳部じゃなかったら誘ってたんだけど」と言っていましたが、曜は「水泳部だからできない」とは言っていません。千歌が本気かどうかを見定めて、「これでやっと一緒にできる」と思ったから、水泳部と兼部しながらでも始めた。小学校の頃に抱いた、曜のささやかな夢が叶った瞬間です。

 2人で始めたスクールアイドル部。まもなく梨子が加入し、千歌と梨子が2人でいる時間が増えていきます。2人の相性の良さはもちろん、作詞と作曲が共同作業である点も作用したでしょう。何より、千歌が抱える“普通コンプレックス”を語ったのは、梨子だけなのです。

 2人が距離を縮めていくのをよそに、逆にだんだんと距離を置いてしまう曜。とうとう「(千歌ちゃんは)もしかして私と2人は、嫌だったのかな」と考えてしまいます。

 「この人は自分を見ていない」と思うと、どんどん卑屈さが増していき、バイタリティがなくなってしまうものです。ないがしろにされていると思ったら、外へ何かを発するエネルギーがなくなり、アイスさえ気軽に分けられなくなる。人間、やってきたことがどこかで報われる必要があります。即物的なお返しじゃなくても、言葉や態度、喜ぶ姿などのリワードがないといけません。明確な報酬がなくても、他の何かをそれとして受け取るメンタリティがあれば良いのですが、そんな聖人めいたものを一介の女子高生に求めるのは酷というもの。

 とにかく、曜の中では「千歌ちゃんと一緒に夢中で、何かやりたいなって」思っていたことができていない。それは千歌が自分からめをそむていて、要領がいいと思われてしまう自分のせいなのだと考えてしまっています。そして、一緒に何かをやりたかったのは自分だけなのだと。

 そんな曜に対する鞠莉のアドバイスは、彼女が口にしたとおり。この状況に対する鞠莉の適任ぶりは特筆ものです。1年生には少々荷が重く、黒澤ダイヤや松浦果南だとやや真面目に取り組みすぎる。大きなボディランゲージで“軽さ”を演出しながらグイッと内面に踏み込み、かつ失敗経験のある先輩には、つい話してしまう、話を聞いてしまう説得力があります。絶対に他人に涙を見せようとしない曜から本心を引き出す、実に適度な強引さです。

 

高海千歌の“救い”

 曜にとって梨子とは、どんな存在なのでしょう。この2年1組・出席番号28番の側から見ると、梨子は親友を奪い取った人物です。でも当然ながらそこに悪意もなければ、敵意もない。東京からやってきた都会人で、ピアノのコンクールに行かせてくれたお礼にと、わざわざ人数分のシュシュを送ってくる。曜の心情は抜きに立場だけを考えれば憎みたい相手になるのですが、これだけやられては憎めません。完璧すぎます。

 結局、誰も悪い人なんていない。だからこそ、モヤモヤの矛先を自分に向けてしまうのです。

 千歌のやりたかったことを、最後にこの2人が語っていることに意味があります。決して仲が悪いわけではなかったでしょうが、曜と梨子はここでようやく通じ合ったのではないでしょうか。ここにきて、2年生3人が千歌を通じてピタリとつながったように思えてなりません。

 そう、どんなに他の誰かが話を聞こうとも、彼女を本当の意味で救えるのは千歌だけでした。すくい上げることは鞠莉でもできますが、救えるのは千歌ただ一人。その千歌が、「曜ちゃん、ずっと気にしてたっぽかったから、いてもたってもいられなくなって」、遠く沼津まで自転車で激走してきました。

 「曜ちゃんと私の2人で」イチからダンスを作り直すんだと言う千歌。曜にとって大事なのは「考えてみたんだけど」という言葉です。鞠莉にも、梨子にも言われることなく、自分の意志で2人だけのステップを作ろうと思い至った。それは曜を見ていた何よりの証拠です。シュシュをつけていない千歌の腕は、曜だけを見ている証。シュシュをつけている曜の腕は、梨子と自分たちの関係性を受け入れることができた証左なのです。

 ――千歌は今ここで曜を見始めたわけではありません。それどころか、彼女はずっとこの親友を視界の中に入れてここまでやってきました。

曜ちゃんの誘い、いっつも断ってばかりで、ずっとそれが気になっているって。だから、スクールアイドルは絶対一緒にやるんだって。絶対曜ちゃんとやり遂げるって。

  「こう言って上げたほうが、千歌ちゃん燃えるから」。どんなことがあっても、「やめる?」と訊くと「やめない!」と答えていた千歌。それは、自分と一緒に何かに夢中になってくれる、大切な親友のためでもあったのです。

POSTED COMMENT

  1. 匿名 より:

    こいになりたいaquariumのPVでも千歌と梨子と一歩距離を引いてしまう繊細な一面も見せていましたね。そしてこの友情ヨーソローでも
    大好きな千歌が梨子とか他に行ってしまう事を恐れていて、それが後半の駐車場庭で泣き抱きしめて出ています。 
    1話から曜ちゃんの仕草を見れると腕を胸に抱えてたり、手を合わせて合掌みたいな仕草をしたり、それには隠された意味と女の子らしさがありそうです。 なので恋アクのPVでも、この友情ヨーソローでも女の子らしいと感じました。実際俺はAquasで一番女の子らしいのは曜だと思いまがどうなんでしょう? 

                      曜ちゃんの性格は考えれば考える程奥が深そうです。

    • ばかいぬ より:

      >サンシャインさん
      曜は元気な子ではありますが、別にボーイッシュというわけではないですね。
      当初から女の子らしさを随所に見せていた……というより、女の子らしくないところは特にはありませんでした。
      一番女の子らしいかと言われると、では「女の子らしさとはなんぞや?」となるので、一概には言えないですね。
      でも性格を考えるのは興味深いことです。

  2. 匿名 より:

    曜ちゃん声主の中の人の斉藤さんも 曜ちゃんは女の子らしいところもあって と言ってましたが、どんな点でそう感じたのでしょう?

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