はねバド!

だから、デンマークには行かない。羽咲綾乃が取り戻した“自分決定権”―「はねバド!」第13話感想

「何で戦っているんだろう」

羽咲綾乃のバドミントンに対する動機は、これまで度々変化してきました。母を取り戻すため。バドミントンが好きかもしれないため。仲間のため。そして、母を捨てるため。

しかし、自分を受け入れてほしいという気持ちの裏返しだった「母を捨てるため」という動機は、綾乃のバドミントンに魅入られた人たちによって消えていきました。ゆえに、冒頭の言葉が出てくる。決勝のファイナルセットという舞台で、綾乃は今コートにいる理由を探しています。

それでも、綾乃はラケットを振っている。自分でもわかっていない何かが彼女を動かしているのです。立花健太郎が「捨て身の覚悟」と評したゼロ・ポジションを使ってまで、シャトルに喰らいついている。本能で打っていると言ってもいいでしょう。

その綾乃に一時は10点差をつけながら、17-17と追いつかれてしまった荒垣なぎさ。しかし詰め寄られる間も、泉理子の助言を受けながら「まずは自分」と言い聞かせていました。綾乃のプレーに飲まれそうになる自分と向き合い、自分に負けない。10点差から並ばれようとも、その心は折れていません。

大舞台での本気の勝負が、綾乃にバドミントンをやる理由を思い起こさせました。強い相手と戦いたい。そして「なぎさちゃんに、勝ちたい」。

お互いに、大事なものが見えていなかったのでしょう。何度も繰り返されていた全日本ジュニアの試合で、なぎさは自分と向き合えずにシャトルを見送り、綾乃は自分の中にある目的に執着し、相手と向き合うことができませんでした。

白帯の向こうにいるのは、相手であり自分、自分であり相手。その二者と向き合い、乗り越えようとしたとき、コートの外にいる人さえも魅了する勝負が生まれる。感情の動きを呼ぶ何かが誕生するのです。

自分の限界を超えて、ただ目の前の強敵に勝つ。それは本当に「苦しい」けど、本当に「楽しい」こと。これこそが綾乃の知った、バドミントンの魅力です。だから、好き。綾乃は「バドミントンが好き」という湧き上がる感情を、身体の芯から味わったのですね。

「好き」というのは、“原初の感情”です。感情だから、絶対に否定できない。生まれることを妨げるものは何もない。それていて、原動力となるものです。

紆余曲折を経て、綾乃はようやくこの原点にたどり着きました。そして、どんな“羽咲綾乃”も受け入れてくれた北小町高校は今、彼女にとって母校であると同時に、“母港”――始まりの場所、帰ってくる場所となったのです。だから綾乃は「スタート」と表現したし、デンマークに行かずに残ることを即答しました。

綾乃が神藤有千夏の誘いを断ったのは、母を捨てたからではありません。おそらく綾乃がしようとした選択と回答は、母を捨てようとした頃と同じだったでしょう。しかし、内に込められた感情は真逆のもの。母を恨み、母を捨てるために残るのではなく、バドミントンが好きで、「羽咲綾乃という人間を無条件に受け入れてくれた」と理解できた場所にいたいと願うからこそ、北小町高校バドミントン部に残留することを決めたのです。

これまでの綾乃は、バドミントンをすることもやめることも、他者の感情によって決めていました。藤沢エレナにつれてこられてバドミントンプレーヤーに復帰し、仲間にしてもらうために勝利を目指し、母を捨てるためにバドミントンを続けた。

それが、荒垣なぎさという好敵手を得て、「勝ちたい」というアスリートの根源的な欲求――それこそ、他者も何も関係ない、ただ自分自身の奥底から湧き上がる欲求に従ってシャトルを打つようになった。大きく大きく遠回りをしながらも綾乃は、自分自身の感情によって自分自身の行く先を決められるようになったのです。

この変化は、傍から見ている以上に本人の中では大きなものでしょう。自分自身の居場所を得たからこそ、自分で自分を決められるようになった。その結果が、「お母さん、今度打とうよ」という言葉であり、最後になぎさへ向けられた、まばゆいばかりに輝く瞳なんですね。やっぱり出てきたあの“煽り”も含めて、バドミントンが好きだから強敵と打ちたいという、彼女の中にある感情がストレートに表現されたシーン。羽咲綾乃という人間の実に素直で純粋な部分が、ポジティブな方向に発露した瞬間です。

心が動く瞬間は、人の日常の中に数え切れないほどたくさんあります。人がふとした何かをきっかけに変わったり、迷ったり、決断したりするのは、皆さんも普段から感じているとおりです。そしてその中に、変わらない本質がある。人間という生き物の中で、変わるものと変わらないものは、両立するのです。

バドミントンというスポーツを丁寧に描写しながら、バドミントンを通じて「人の変わりゆく感情」「人の変わらない本質」をも妥協せずに追い続けた「はねバド!」。スポーツという舞台で、他人をも含めた「自分自身」と向き合う人たちを力強く描いた、大変な好作品でした。

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