「色気がある」という言葉がありますが、「色気」って何だと思いますか? 端的に言えばセクシーさなのですが、色気は見た目だけではないですよね。人を惹きつける雰囲気も色気と表現します。外見だけでなく、内面も強く影響するのです。
僕は、色気は「論理的ではないこと」「真っ直ぐすぎないこと」だと思っています。あなたの職場に、すべて理屈と論理的思考で話をして、相談されていたはずなのにいつの間にか相手を打ちのめしている……なんて先輩はいませんか? あんまりそういう人には着いていきたいと思いませんよね。その人は、色気がない人です。
あるいは、何でも真っ直ぐに、純粋に考えてしまう人(ある意味、上記の“先輩”もこの中に含まれます)。ピュアすぎてまっとうな基準を“神様”にしてしまい、他人が入り込む余地がなくなってしまう人ですね。テキトーにして問題ないところも、完璧にしちゃう。それも、色気がありません。
これは「モテ」にも通じる話なのですが、つまり色気というのは「常に『他のモノ』を入れる余地がある」ことなんです。欲だったり、雑さだったり。黒澤ダイヤは、これが自分にはないと思っていました。
ラブライブ予備予選突破に喜ぶAqoursの9人。雨のお寺を経て互いの距離が縮まったのか、松浦果南と国木田花丸、小原鞠莉と津島善子はともに喜びを分かち合います。それを見て、だんだんと察するダイヤ。果南や鞠莉が下級生と仲良くなっているのが羨ましくもあり、仲良しの2人が下級生のところに行ってしまう寂しさも感じていたでしょう。鞠莉の言うとおり「嫉妬ファイヤー」ですね。そして、自分だけが下級生と打ち解けていないと思っている。
風華チルヲさんの同人誌への寄稿で、僕はダイヤのことを「守る人」と評しました。華道や茶道など、決められた作法を「守る」ことを学び、生徒会長としてふさわしくあるために規律を「守り」、そして果南と鞠莉が戻ってこられる場所を「守って」きた人。
でも、守るということは「動けない」ということでもあります。活動資金を工面しようとする2年生に近づいて、話しやすい雰囲気を醸し出そうとするも、結局「ちゃんとなさい!」と説教をたれてしまいました。彼女は今いる場所から動けない、つまり「黒澤ダイヤ」という人を変えることができないんですね。
自分も、下級生ともっと仲良くなりたい。距離を縮めたい。でも言えない。そんなパーソナリティをもつダイヤだから、果南や鞠莉のように、彼女のことを分かっている人じゃないと、なかなか仲良くなれないのです。
「まじめでちゃんとしてて、頭が良くてお嬢様で。頼りがいはあるけど、どこか雲の上の存在で」
「みんなそう思うから、ダイヤもそう振る舞わなきゃってどんどん距離を取っていって」
「本当は、すごい寂しがり屋なのにね」
ダイヤが下級生と距離を縮めたいと思ったところから始まるエピソードですが、図らずも3年生たちの絆の強さが改めてクローズアップされています。ダイヤの異変に気づいた高海千歌に、「私と鞠莉がちゃんとやっておくから」と返す果南。「何年の付き合いだと思ってるの?」と励ます(そして大笑いする)鞠莉。
2人が聞いたダイヤの望みは、「ダイヤちゃんと呼ばれたい」。それは、もしかすると今に始まったことではないかもしれません。中学生、ともすれば小学生の頃から、年下にそう呼ばれたことがなかったとしたら――「人との距離を縮められない人」から、脱却させてあげたいと思うのは自然なことです。笑いながらも悩みを聞いて、アドバイスをし、背中を押す果南と鞠莉からは、ダイヤの小さな願いを叶えたいという思いが見て取れます。
ダイヤが願ったのは、「先輩禁止!」です。しかし同じ先輩禁止でも、彼女が尊敬してやまない、同じ生徒会長兼スクールアイドルとはまったく異なります。
絢瀬絵里は、周りに求められる役割を完璧に演じていました。「私が」「生徒会長として」「学校を守る」役割。それ以外は許さない。だから“ラスボス感”がものすごかったんですね。しかし絵里は、妹を思いやる優しい一面を持ち合わせていた。μ’sに入って役割を演じることがなくなり、元来そなえていた柔らかさ=色気を出せるようになりました。彼女の先輩禁止は、隠されていた素をさらけ出した上でのことでした。
果たして、ダイヤに色気はないのでしょうか?
ダイヤは1期1話から、厳しいけれどもちょっと抜けているところが描かれていました。もうこの時点でラスボス感はありません。そもそも千歌たちを認めなかったのは、自分たちのような思いをさせたくなかったからです。敵対視していたわけではありませんし、その思いも千歌たちに届いています。そう、自分が思っていないだけで、ダイヤは最初から素を見せていたんです。だから、絵里とはまったく異なる。
ダイヤも色気、あるんですよ。距離を置かれていると思っていたのは自分だけです。最初から“禁止している”ものを禁じようとするから変になっちゃう。一人で帰る黒澤ルビィに「気をつけるのですよ」と声をかけ、単純な「ちゃんとして」という言葉では言うことを聞かない園児も、規律を守らせる優しさと柔らかな優雅さでトリコリコにしてみせました。昔の自分なら、あの小さなダイヤと同じようにしていたかもしれない。でも、今のダイヤは違うやり方をとった。両手を広げて包み込むことだって、「距離を縮める」ことです。彼女は、それができる懐の深さを身につけた。それは紛れもなく、ダイヤの成長なんです。
思い描いていた自分じゃないかもしれない。果南や鞠莉のように下級生と接する自分にはなれないかもしれない。でも、「ちゃんとしてる」黒澤ダイヤを、Aqoursはずっと前から受け入れています。それに気づいたから、ダイヤは涙する。厳しい言葉をかけてくれることも、決まりごとをしっかり守ることも、水族館で見せたふわりと包み込む優しさも、全部知っている。そんな「友達」の願いを叶えたい。だから呼ぶよ、ダイヤちゃん!
初見時には、銭洗弁天の描き方が少々唐突にも思えたのですが、よく考えると鞠莉・果南の二人は淡島住まいで、三年生組の中でダイヤさんが独りだけ本土住みなんですね。
ダイヤさんの抱だく孤独感を際立たせる仕掛けでもあったのかと思います。
あと、今回気になったのは、千歌が予備予選の結果に対し不安を微塵も感じず、彼女の自信通りトップ通過している事です。
案外、その勢いのまま、あっさりと「学校が存続」して「ラブライブ!に優勝した」と言う話が、一桁話数で出てきちゃうんじゃないかって思ったりもしています。
廃校とか、優勝とか、そういう “瑣末” な問題はサッサと片付けて、大人の理論なんかクソ食らえで飛び出していく娘達の姿を描く方に重きが置かれるんじゃないかって。
>椿さん
淡島から帰る時は、ダイヤだけ船に乗って
果南と鞠莉は残りますもんね。いろんな意味で、果南と鞠莉は距離が近いなぁと感じますね。
どうですかね、子ども対大人みたいな対比は描かれないとは思いますが、
僕は先の予想をしない主義なので、ただ出されたものを受け入れていくのみです。
書いていて、「予備予選の次って予選なの? 本選なの?」とわからなくなる時はありますがw
今回はなんと言うか、考察云々以上にダイヤ様推しの娘と並んで観て、二人して「ダイヤちゃん」と呼ばれ微笑み返したラストに涙する…って感じで浸っておりました。
浸ってた分コメントするまでに間が空いてしまいましたw
で、「色気」を今回の主題としてお話されていましたが、「=常に『他のモノ』を入れる余裕」と記されているのを見て、色々自分の中でも繋がって“なるほど!”と腑に落ちた次第です。
何が腑に落ちたかと言うと──
Aqoursで「色気」と言えば、私はやはりダイヤ様の中の人である“小宮有紗さん”に短絡しますw
雑誌グラビアも精力的に挑んで、目標であった週刊プレイボーイの表紙を飾った小宮さんですが、これまでも様々なインタビュー等で「女優もグラビアも声優もアイドルもなんでもやる」と豪語し、有言実行して来ている彼女。
彼女の「色気」の本質はまさにばかいぬさんが語られた「色気」そのものなのだな、と納得しました。
その上で、もう1年を過ぎてしまいましたが、昨年10/26に発表された「Aqours第2回センターポジション総選挙」の結果を受けてのこちらのエントリーへのコメントでも私が述べたように、キャラと演者のシンクロニティが増し、アニメもそのいい影響を受けて反映されている──
──お互いが高め合った結果が、ダイヤの「色気」にも繋がっているのかな、と思った次第です。
2話と3話でダイヤは、様々な問題に対して常に先頭に立って対処しようと頑張っていました。
そんな中、対立し合ってたはずの黒澤姉妹以外の1・3年の急速な距離の縮まり方に“きょとん”としたのと同時に、羨ましく思い、その羨ましい距離の“物差し”=“~ちゃん呼び”に固執してしまったんでしょうね。
元々内浦の土地の人々の温かさは、この距離を詰めるタイミングが絶妙に早いんじゃないかと思うのです。
果南然り、千歌然り、相手の懐へ飛び込む巧みさは、超一流の柔道家に匹敵する程目にも止まらないレベルかと。
そんな果南をずっと小さい頃からまさに“羨望の眼差し”でダイヤは見ていたんじゃないでしょうか。
それでも──
「ちゃんとしなさい!」そう言い続けてきたダイヤに対しても、果南は言うまでもありませんが、千歌はこれまでもATフィールド張りのダイヤの障壁を微塵も感じないかのように距離を詰めていたのが、後から見返し“さすが”と思いました。
予備予選突破で涌く中で、ダイヤにハイタッチを求めるシーンだったり、果南が千歌を「鼻が利くね」と褒めたシーンだったり、もうその距離にいる筈なのに“物差し”が違った為にダイヤが気づかなかっただけなんですよね。
実はみんながもうその距離にいるのだから「ダイヤさんはダイヤさんでいてください」と言えたのかな、と。
ああ、また長くなってごめんなさい。
また終末…じゃない、週末が近づいてきますな。
次回「犬をひろう」……サブタイトルと予告映像だけでもうワクワクが止まりませんw
>拓ちゃんさん
娘さんと毎週楽しんで見られるって良いですね!
羨ましいですw
役と役者が揃って成長していく様が見られる、というのは
「ラブライブ!」の大きな特徴であり、醍醐味ですよね。
距離を縮める早さというのも、「家の格式の高さ」に直結しているような気もします。
物差しとおっしゃっているのは本当に的確な例えで、格式高い家という「箱」に
入っていたからこそ気づかなかったことなのかもしれませんね。
そうそう、もうとっくにみんなと同じ距離にいたんですよ。
次回、あの組み合わせは予想だにしていなかったので、本当に楽しみですw
毎週お疲れ様です。
いつも楽しく読ませてもらっていますが、今回の感想はより「なるほど」感が強かったです。
ばかいぬさんの引き出しの多さが羨ましい。
実体験でもありますが、一度できてしまった距離を変えるのって、思っている以上に大変ですよね。
本当はダイヤが自分から望みを口にする展開を望んでいたんですが、伝えたのは花南と鞠莉でした。
ちょっと残念に思っていたのですが、見方を変えればダイヤ1人ではできないことを、3年生の協力プレイで乗り切ったとも受け取れます。
ダイヤは黒澤家という名家の跡取り娘として、幼い頃より躾られ、自分の立場を説かれてきたと思います。
何かと「ちゃんとしなさい」と言ってしまうのは、親にずっとそう言われて育ってきたからかもしれません。
そのせいで友人を作ることが下手なダイヤが、果南と鞠莉という友人を得られたことは、私たちが思う以上にダイヤにとっては大きなことなんだと思います。
自分のことを分かってくれて、自分のことを考えてくれている友人がいる、というのは素晴らしいことですね。
穂乃果たちにも負けないくらいの、彼女たちの強い絆を描いてくれたように思います。
笑いませんか? からの大笑いするシーン、あそこが大好きです。
ちなみに2期が始まる前から、梨子が松浦氏を “果南ちゃん” と呼ぶために苦労するお話を書いていたんですが、
第4話のタイトルを見て、やばい先に完成させないと “果南ちゃん” の前に “ダイヤちゃん” が来ちゃう!
と慌てて書き上げたのが今回のいい思い出です。予想通りの内容で危なかった(汗)
もしお暇があればURLの先にあるので、お目汚しかもですが読んでやってくれると嬉しいです。
次回、梨子の犬嫌いが克服されるのかに注目したいと思います。
>たくみさん
こちらこそ、毎回コメントをくださってありがとうございます!
そうそう、既存の距離感から遠ざかるのは簡単でも、
さらに近づくのは難しいことなんですよね。ましてや急に、なんて無理です。
ダイヤの場合、なりたい距離感にもうなっていた、ということに
気づけたことがポイントで、その気づき自体が、距離を縮めたことになるのかもしれません。
僕も3年生たちが大好きなので、「笑いませんか?」からのシーンはもうニヤニヤしながら見てしまいましたw
あれだけ自分のことを思いつつ、変な気を使うことはない友達って本当にステキですよね。
1期でギクシャクしたぶん、2期では思う存分仲良くしてほしいです。
おお、小説を書かれているとはすばらしい!
僕も何冊か出しましたが本当に難しくて、たくみさんのように
日常的にやっていらっしゃる方は心の底から尊敬します。
読ませていただきますー!
今回は、たくみさんと同じで、なるほどっていうより、そうそう、って頷きながら読ませていただきました。
「最初から“禁止している”ものを禁じようとするから変になっちゃう。」
この一文、ダイヤさん、いやダイヤちゃんの迷走ぶりを上手く説明してて、名文だなって思いました。
果南と鞠莉にすら「さん」付けしているダイヤが勝手に距離を感じていただけで、
Aqoursのみんなはちゃんとしてる人として、ある種の敬意をこめてダイヤさんと呼んでただけすよね。
さて、次回からダイヤちゃんはみんなのことを、何て呼ぶのでしょう。
さすがに礼儀正しいダイヤのことだから、呼び捨てではなく「ちゃん」づけでしょうか?
でも、ルビィは呼び捨てですし…どっちかな。
>しろねこさん
お返事遅くなってごめんなさい! お読みいただき、ありがとうございます〜!
そうそう、ダイヤへのさん付けはリスペクトなんですよね。
それを距離感が違うと思ってしまうのも、また可愛いなぁなんて思います。
お互いの呼び方はどうでしょうね、なんだかんだで変わらないような気もします…w