6話まで見てきて、改めて澁谷かのんはヒーローの人格だな、と感じています。
友達のためならいくらでもがんばれて、でも積極的に前に出るタイプじゃなくて、過去にトラウマを抱えていて……という造形は、まるで少女漫画のヒロインの相手役を務める男の子のよう(この感覚はもう古いんですかね?)。
で、お相手になるヒロインが、嵐千砂都だったわけです。
ただ、千砂都は守られるだけのヒロインであることを良しとしませんでした。「いつか、かのんちゃんを助けられるようになりたい」と決心した千砂都。守られてばかりの自分ではいけないという千砂都の思いが、このエピソードを考える上での土台となります。
同じハードルを乗り越えろ
「力強さを感じない」とは、クーカー(と平安名すみれ)を見たサニーパッションの言葉です。
これを聞いた千砂都が、自分からかのん、唐可可、すみれを自立させるために別行動を取った、というのが素直な考え方ですが、上述した“土台”を踏まえると話が変わってきます。
すなわち、「力強さを感じない」というサニパの言葉は、千砂都自身に刺さったのではないでしょうか。
ちょっとメタ的な話になりますが、「魅力を感じない」とかじゃなくて「力強さを感じない」なんですよね。強さって、千砂都が一番欲しているものじゃないかと思うんです。
かのんを助けられる「力強さ」がほしいからこそ、自分のために別行動を取った。それでうまくいかないなら、退学も辞さない。なんなら海外で修行を積むことまで視野に入れている。「かのんちゃんを助けられるように」なることだけを考えている、千砂都の意志の強さが表れています。
なぜそこまでやるのか。千砂都は、かのんを助けられる存在になるためには、かのんと同じハードルを乗り越えないといけないと考えているのではないでしょうか。
クーカーは代々木フェスで1位を取らなければ活動を止められていたが、新人特別賞を受賞して乗り越えた。ならば、自分は大会で優勝できなければ結ヶ丘をやめる。だって、かのんちゃんを助けられる存在になるには、同じハードルを、なんならもっと高いハードルを乗り越えないといけないから。それができないなら、かのんと同じ学校でダンスを続けていても意味がない。
嵐千砂都が別行動を取ったワケ
気が弱く、泣き虫だった幼いころの千砂都。彼女のそばにいて、前に進む大切さや新しいことを見つける楽しさを教えてくれたのが、他でもないかのんでした。
「だからいつか、かのんちゃんの横に立てる人になりたくて」。尊敬する人がいて、その人と肩を並べてもおかしくない存在でありたいという思いは、もっと突っ込んで書けば「ずっと一緒にいたい」ということなんですよね。この思いが昂じると恋愛だったり強い友情だったりになるわけです。
ずっと一緒にいるためには、今の自分ではダメ、かのんができないことを「一人で」できるようにならなきゃと千砂都は考えた。一人で結果を出して、自信を持てるようにする。それまでは一緒に何かをやるのはやめる。だから島には行かず、大会優勝という結果を一人で出すために別行動を取ったんですね。
そばにいたい、横にいて恥ずかしくないようにしたいって気持ちは、人をめちゃくちゃ成長させます。そして、成長したことを一番実感していないのはその人自身というのもよくある話。千砂都に自身の成長を気づかせてくれたのは、“ヒーロー”澁谷かのんでした。
尊敬しあうから、そばにいられる
カッコつけた言い方をしちゃいますが、自分の弱さを知ることは強さになると私は思っています。自分の弱いところ、できないことを知ることで、他人のすごさがわかる。助けてくれた時に、心置きなく感謝できる。「無知の知」みたいなものですね。
歌が大好きなのに、人前で歌えないという致命的な弱さを抱えるかのん。しかし、そんなかのんだからこそ「かのんちゃんができないことをできるようになる」と宣言し、自らの弱点を克服していった千砂都のすごさを、千砂都本人よりもよくわかっているのです。
千砂都は最初からダンスがうまかったわけではないでしょう。走っては転び、体力もなかった子がダンスをするんだから、それ相応の努力が必要だったはずです。彼女はそんなハンデを覆す努力を、結ヶ丘の音楽科に入れるようになるまで重ね続けてきた。人前で歌えないという壁に何度もぶつかってきたかのんにとって、幼なじみの姿はさぞかしまぶしく映ったことでしょう。
だからこそ、かのんも歌い続けた。「この人の隣にいるのにふさわしい存在になりたい」。そう思っていたのは、千砂都だけではなかったのです。千砂都の言葉、千砂都の姿に触発されてかのんは歌い続けたでしょうし、今はスクールアイドルとしてステージに立っている。
やっぱり、自分ができないことをできる人は尊敬するし、尊敬しあう相手とは長続きするんですよね。一方が尊敬するだけでは、多分ダメなんです。尊敬していたはずがいつの間にか抜かしてしまい、以前より魅力的に見えなくなるから。千砂都とかのんにとって何よりも大切だったのは、お互いがお互いを高め合う存在だったということです。
そう、だから千砂都はもう弱い存在じゃない。今となっては――いえ、もしかすると、ステージ上で涙ながらに成長を宣言したあの時に、千砂都は自分を変え、強い子になっていたのかもしれません。
今回は、基本的に千砂都から見える世界の話。
ダンス大会会場に駆けつけるかのんの姿も、冒頭のいじめっ子から救おうとする姿と同じ。「あぁ、私は変われないんだ」からの転換が心地よく感じます。
憧れの人が、自分に憧れていてくれた。二人一緒。
それまで千砂都の発声で始まっていた「ウィッス!」が、かのんから始まる。
横に立てる人になれたから、それまでの一歩引いた位置からかのんの胸に飛び込んでいける。
自分に自信が持てる人になれたから、「頑張って来る」でも「一位を取って来る」でも無く「待っててね」の勝ち確フラグと高々と掲げて飛び出していける。
青春って、眩しくて良いな。と、爺さんは眼を細めます。
ここまで観て来ると、三話でかのんが歌えたのは、あのステージが千ぃちゃんとの誓いの場であったのも理由の一つだったのかな?なんてな考えも頭をもたげてきたりしています。
あと一つ。幼少期のシーンでかのんの声が普段とあまり変わっていなかった所が好みです。意図的に演出されたものなのか、新人である伊達氏が持つ引き出しの数による偶然の産物なのかは分かりませんが、定型的な “幼児喋り” になっていなかった分、結果的にかのんの中に脈打つ “変わらないスジ” みたいなものが表現されたように思えます。