SID感想

高坂穂乃果と斎藤佑樹

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 2012年3月30日、北海道日本ハムファイターズ・斎藤佑樹投手は開幕戦で西武ライオンズを相手に9回1失点の完投勝利を挙げました。オフにエースだったダルビッシュ有がメジャーへ移籍し、次代のエースを斎藤が担えるかどうか。チームの開幕戦勝利だけでなく、そんなところまで試されたマウンドでした。

 

 夏の甲子園決勝での田中将大との投げ合いなど、大一番で勝ちを積み重ねてきた斎藤。いつしか「(斎藤は)もってる」という言葉がついて回るようになりました。先の開幕戦でヒーローインタビューを受けた斎藤は、インタビュアーに「斎藤投手はやっぱりもっている?」と問われ、こう答えています。

 

 「今はもっているのではなくて、背負っています」

 

 『ラブライブ! School idol diary 〜高坂穂乃果〜』を読んで、僕はこの言葉を思い出しました。

 

背負うということ

 

 「背負っている」という言葉は、他人の何かをもっていないと出てきません。斎藤の場合は、次代エースとしての期待、ファンの期待、プレッシャー、チームの勝利です。大学時代に「それ(もっているもの)は仲間です」と言ってチームメイトの支えに感謝した人が、自らチームを担うことを誓ったこの言葉に、斎藤の成長を見ました。

 

 ”School idol diary” (以下ダイアリー)のラストで、妹である雪穂の「私だってオトノキに行きたかった」という吐露を受け、穂乃果は廃校を阻止する決意を新たにします。このシーンを読んで、「穂乃果は僕が思っていた以上に大きなものを背負っているな」と感じたのです。

 

 音ノ木坂学院という学校は、十代で高校生である彼女たちの世界そのもの。自分の居場所を守るんだという発想はごく自然なものです。しかし穂乃果は、妹の将来・希望まで自ら背負おうとしています(これはアニメ版の絵里も同じような動機があるのではと思っています)。さらにアニメ1話では、卒業アルバムを見る母の姿を目にするシーンもありますが、これも穂乃果の中で音ノ木坂学院に「母の居場所だったところ」という意味合いが加えられた場面だったと言えるでしょう。

 

 対象は音ノ木坂学院ただひとつなのですが、そこには自分を含め色々な人のもつ意味が込められています。まるでスポーツチームに多くのステークホルダーが、それぞれにとっての何かを見出すように。斎藤も穂乃果も、同じように「背負って」いるのですね。

 

 では、それだけのものを背負いながら、穂乃果のあの明るさは一体どこからやってくるのでしょうか。

 

先を見据えない

 

 他の子のダイアリーと読み比べてみると、穂乃果はとにかくどんな問題でも「今の自分」のレベルにまで階段を降ろしてきているのがわかります。

 

 端的に言えば、先を見据えない。とにかく今をがんばる。海未のダイアリーが一番違いが感じられると思います。1章で、廃校は3年後と告げられて「3年後、かぁ――」と途方に暮れるのですが、すぐに “今できることをやろう!” と言わんばかりに立ち直ります。これはもう彼女も言葉にしていて、

 

 「目の前のことだけを考えて、少しずつ、目標に向かって進んでいくことがただひとつ私にできること。」

 

 と言っています。

 

 この先を見据えないというのがいいなあと思うのです。普通なら3年だけ、自分が卒業するまでとなればもっと短い期間しかないことに焦りそうなものを、先を見据えないからこそ、焦らずやるべきことに没頭できる。

 

 こんな生き方もありなんじゃないかと思うんですね。

 

 これはアニメ版でもそうだったのですが、先を見据えないと同時に、相手を気にしないということも言えると思います。アニメでもダイアリーでも “A-RISE” という存在に頂の高さを思い知らされる穂乃果ですが、決して「勝とう」「負かそう」とは思わない。目的が廃校阻止という内部的なものである故、誰かを蹴落とす必要はないのですが、「ラブライブ」を目指すと決まったあとでさえも、ボーダーライン上のスクールアイドルに勝とうとするのではなく、穂乃果は自分たちのやるべきことに意識を収束しています。

 

 先を見据えない。相手を気にしない。この2点が穂乃果の明るさの源です。そして、それは具体的な「態度」にも表れています。

 

愚痴を言わない理由

 

 穂乃果の特徴的な点のひとつは、愚痴を言わないことです。愚痴とは、「『自分が背負えると思ってる範囲を超えたもの』を要求された時に発生する」(とりとめもない日記−24時間残念営業)もの。つまり、穂乃果にとって “妹の希望も母の思い出も詰まった音ノ木坂学院の廃校阻止” は、背負えないものではないのです。

 

 なぜ背負えないものではないのか。確かに「永遠にその道の途中にいることになるのかもしれないっていう恐怖は、もちろん穂乃果にだってなくはないけど」と、意外にもリアリスティックな面も覗かせていますが、それでも目の前の問題をクリアしていけばたどり着ける場所だと疑っていないからです。

 

 つまり、穂乃果にとって廃校阻止は目の前にある問題と同位なのです。廃校阻止を見据えて、そこにたどり着くために目前の問題をクリアするというよりは、その問題を解決すること自体が廃校阻止であるという感じ。廃校阻止じゃないけど、廃校阻止であるというか……なんだか哲学的になってしまいました。伝わるでしょうか……。(ただハイコーソシハイコーソシとずっと言ってても人間味がなくなるので、そこを全部取っ払って「スクールアイドルが私のやりたいこと」というエラく人間めいたところに落とし込んだのがアニメ版だと思いますし、公野版でもそんな面はあると思います。)

 

 とにかくシンプルに考え、今やっているスクールアイドル活動を心底楽しんでいる様子が、ダイアリーからは見て取れます。

 

 「あいつは何でも楽しめるからな」「よつばは無敵だ」という言葉が『よつばと!』という漫画にありますが、穂乃果の主人公感、無敵感はまさにこの楽しんでいるところから来ています。何でも「やってみようよ!」って言いますもんね。
 すなわち、

 

「進んでいるうちは、負けない。」

 

 という考えを体現しているからこそなのです。文句を言うと思考は止まります。やってみるうちは、進んでいる。進んでいれば、負けない。

 

 負けないのだから、そりゃあ穂乃果は無敵なのです。

 

 

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