考え方

負けず嫌いになれない僕が、イチローの言葉に救われた話

役者になりたかった僕は大学入学後、著名な俳優を多く排出していた老舗演劇サークルのお試し稽古に行きました。小屋で簡単な説明があったあと、ウォーミングアップで大学の外周をランニング。いざ、スタートする瞬間、隣に並んでいた同じ1年生にこう言われたのです。

「お前には負けねえぞ」

面識もないのにいきなり挑発!? と、温室育ちのお坊ちゃんな僕はすっかり怖気づいてしまいました。そのサークルの敷居をまたぐことは二度となく、別のところで演技をすることを選びました。

とにかく、誰かと競うのがキライなんです。「何クソ!」って思えない。怒りや恨みも(僕の中では)そうなんですが、カッカする感情が自分の中に渦巻く状態が大嫌いなんですね。むしろ、自分で自分と向き合って、自分のペースでやりたい。

その結果、器用貧乏になりました。

負けず嫌いの人は「伸びる」。スポーツなどにしても大成した選手の多くは負けず嫌いだし、そういう人に比べて自分は伸びないと、ずっと思っていました。他人をブーストに使えないからです。大げさに言えば、負けず嫌いになれないことがコンプレックスだったのかもしれません。

はかりは自分の中にある

先日の引退会見で、イチローがこんな言葉を残していました。

「人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも、はかりは自分の中にある」

“イチロー節”全開、85分間の引退会見 一問一答ノーカット「孤独感は全くない」
https://full-count.jp/2019/03/22/post325131/

「ああこれか、イチローでもそうなんだ」って。すごく安心しました。負けず嫌いが上だってずっと思っていたから。自分にベクトルを向けていていいんだって感じられたんです。

確かに、僕が今までがんばれたことって、自分で自分を超えられ続けてきたものばかりです。とても運動には向いていない身体でしたけど、自分の特長を伸ばしながら野球部で6年間マウンドに立ってきました。「ラブライブ!」では、自分でも「やり切った」と思えるくらいこの作品に関することをブログに書いていたら、同人誌も出せましたし、ライターとして(少しずつですが)作品に関われるようになりました。やっぱりそれも、「自分なりにはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと越えていくということを繰り返して」きたからだと思います。

それができるのも、紛れもなく「好きだから」なんですよね。

負けず嫌いって、「他人への負けず嫌い」と「自分への負けず嫌い」の2種類があります。「自分の限界を見ながら、ちょっと越えていく」のは後者のような気もするんですが、でもやっぱり違う。勝ち負けとは別の領域で、ただただ好きだから越えていける。それが結果的に「自分への負けず嫌い」に見えるようになるだけなんじゃないかなと思うのです。

モチベーションじゃなくて、インスピレーション。今までどおり自分にベクトルを向けていていいんだなって、そう思えた夜でした。

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