アメリカで知ったスポーツの究極的な楽しみ方

アメリカで知ったスポーツの究極的な楽しみ方

2ヶ月ほど前、アメリカ出張の折に人生初のメジャーリーグ観戦をしてきました。アメリカで地下鉄に乗るのもバスに乗るのも初めてで、見当違いのところで降りたりしながらたどり着いたのは、ドジャー・スタジアム。ドジャース vs. レッズの一戦です。

座ったのは三塁側外野寄り、最上階の席。確か26ドルだったので、日本円で3,000円くらいですね。メジャーで3番目に古い球場とのことですが、新しくもないけど決して古くもないような、不思議な雰囲気でした。コンコースには子どもが遊べるエリアもあったりして、球場が積み重ねた年月に圧倒される感覚は意外となく。1階の内野席とかに座れば、もっと違った雰囲気が味わえたのかもしれませんね。

マエケン投手がリリーフ登板

外国には外国の良さがあるように、日本には日本の良さがあります。海外に行くと「日本と違って向こうの人は〜」なんて言いがちですが、周りにいるのは同じ人間。結局は、海外で味わった「良さ」を、身近な環境でちゃんと見つけられるかどうかです。それは絶対にある。

と言いつつも、当然ながら、アメリカと日本の野球の見方ってやっぱり違うなぁと思ったのです。

ドジャースのホームなので、三塁側と言えど周りはドジャースファンだらけ。そのドジャースファンたちが、とにかくその場を楽しみまくっているんです。

確かに、ドジャースが初回から終始リードを保つ展開だったこともあるでしょう。でも、それだけじゃないんです。例えば、スタンドでビーチボールが飛んでいるんですよ。みんな適当にポンポン弾く。それを子どもが「こっちにちょうだい!」って叫んでいたり、階下に落としちゃったらブーイングしたり(それでもいつの間にか新しいのが出てくる)。

あるいは、電光掲示板に“Make some noise!!”と出たらみーんな「ヒュー!」って声を出したり。もちろん大人しく見ている人もいるのですが、そういう人も他のグループに話しかけたりして、とにかくその場を自分で楽しいものにしようとしていたんです。

お客さんがお金を払って得られるのは、スタジアムの席だけです。良い試合、勝ち試合が約束されるわけではない。他人がやることですからね。であれば、どんなスタイルであれ、その席と時間を楽しいものにできるかどうかは自分自身に掛かっているのです(もちろん、他人に迷惑をかけない範囲でね)。

帰国してから2回、横浜F・マリノスの試合に行ってゴール裏で応援していたのですが、「楽しむかどうかは自分自身次第」とはっきり気づいてから、前よりももっともっと思い切り声を出して、かつポジティブな言葉を惜しみなく投げかけるようにしました。「しっかりついてこ!」「いいよいいよー!」とか。そしたら、いつにもましてめっちゃ楽しかったんです。

勝ったからというのも当然あるんですけど、そうやって思い切り楽しんだからこそ、勝った時の喜びもドドーンと増幅されるんじゃないかな。

もちろん、ただ思い切り声を出すだけが楽しみではありません。僕は20年来の巨人ファンでもあるのですが、野球は長く見すぎて、また野球を分析する会社で働いていたこともあって、一歩引いて俯瞰して見る癖がついてしまいました。それも、ひとつのエンジョイ方法。1回から9回まで配球を予測し続けるのも楽しいのです。

やり方は人それぞれ、何でもいいんです。とにかく、自分で楽しい時間にするんだって気持ちが大事。それが、スタジアムにいる時間を美味しくする、何よりの調味料になるのです。究極は「負けたけど、今日の応援も楽しかったね」って言えること。それくらい、楽しめる人になりたいですね。

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