もっと思いきり言い切っちゃっていいのに。

 

  最近、ちょっとしたことを気にしたりツッコミを入れたりしてしまいます。スルーできず見逃せず、ラブリー変換できずに突っかかってしまうのは大変よろしくない。早く治したいです。でもこういう時だからこそ気づくこともあると思うのです。

 

 恐山さんの1年近く前のツイートをほじくり返してきたのは、全面的に同意するという意味で強く覚えていたからです。ネット上の「言い回し」みたいなものには、こういう、はっきり言って責任逃れな言い方が多く存在しています。「~~してみた」「~~という名言を思いついたので誰か使ってください」「○○でごめんwwwww」などなど。「~~してみた」はもはや形式化されているので冒頭のツイートの意味で使っていない人も多いと思いますが、形式になるには、これはいい! と思ってみんなが使い続けなければいけないのです。

 

 お前の言っていること、作ったものはおかしいと叩かれるのが嫌なのでしょうか。自分より上が出現した時にプライドを傷つけないための予防線でしょうか。その両方か、あるいは何か他の理由でしょうか。でも、どんな理由があろうとも、人を傷つけるものでない限り、作ったものや思いついた思考、好きなものを好きでいること、それははっきりとアピールしていいのです。

 

 批判、批評。好意的な評価、ファン。それらすべては2次的なもの。つまりあなたが世に出したものが存在しないと成り立たないもの。「ヨイコノミライ」の天原のように偉そうに批評家ぶる人もいますが、彼らの言葉が(表面的な意味であれ質としてであれ)鋭いからといって、臆することもないでしょう。創造者であるという時点で、あなたは誰よりも強い。

 

 逃げ道を作ることなく、思考の責任を他の発言者に押し付けることなく、謝罪の中に存在理由を押し込めることなく、まっすぐに伝えられるようにありたいです。

LEAVE A REPLY

*