フィジカルで書く

フィジカルで書く

 仕事の原稿にしろ同人誌にしろ、ブログにしろ、記事を書く前にはまずプロットを書いています。どういう内容を、どの順番で書き、どんな結論に持っていくかという、文章の地図みたいなものですね。

 このプロット、僕は必ずノートに書いています。お気に入りのペンで、頭の中にあるものをがりがりと書きなぐっていくのです。そのノートが冒頭の写真。頭に浮かんだことが消えないうちに書いていくので、あまり人に見せられる文字ではありませんね……。

 それならPCのテキストエディタでもいいじゃんと思われるかもしれませんが、こういうプロットこそ手で書くのとタイプするのとでは、感覚も生まれてくるものも、まったく違ってくるのです。

 

 タイピングの良いところは一にも二にも早さ。慣れれば慣れるほど、その速度は手書きのそれを大きく上回ります。では手書きの良いところは何なのか? それは、考えと考えがつながる「広がり」が生まれることです。

 タイピングは「反射」なんですよね。頭の中に生まれた文章を、ひたすら反射で打ち込んでいく作業です。よく指を動かすとボケ防止になるなんて話もありますが、タイピングはこれに当てはまらないんじゃないかなと思います。

 一方、手で文章を書くというのは、自分との「対話」なんです。速度が上がらない分、頭のなかで内容を反芻しながら文章を紙に落とし込んでいきます。この適度な遅さによって、僕はまさに今、この紙に書こうとしているモノと向き合うことになります。

 そうするとどうなるか。頭にパッと浮かんだことが、手を通じて紙に入り、その紙からまた自分に戻って、身体の中に染み込んでいくのです。つまり、自分の考えがちゃんと自分のものになる。

 すると、書いている内容の疑問点だったり、他のこととの接点・共通点も見えてきます。対話していますからね。浮かんだ疑問点をカバーするアイディアを考えれば、より説得力が増す。他のアイディアとつなぎ合わせれば、思考と文章がもっと広がっていく。タイピング=頭の中だけですべてを処理するやり方では生まれないものが生まれるのです。“一覧性”が高く、他のメモ=考えと接続しやすいのも紙に書く利点ですね。

 「自分の身体に触れるもの」は、我々が想像する以上の力を持っています。何かを生み出す力だったり、快い気分を生み出す力だったり、あるいはその逆だったり。今年はそういうものに時間とお金を使っていこうと考えています。服とかもそうなんですが、例えばちょっといいタオルを買ったりしてね。コンテンツではなく、エクスペリエンスにシフトする1年でありたいです。

その一環で購入したラースラーセンの時計。腕時計を買うって、ちょっと大人になった気分!

 

 ……と言いつつ、先日は結構な金額を「Fate/Grand Order」に放り込んでしまいましたけどね! 今回だけ、今回だけだから……。

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