物語本編の大切さと「カップリング」

物語本編の大切さと「カップリング」

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 僕は、女性同士の恋愛描写……いわゆる「百合」が苦手です。フィクションの中だけでなく、たとえばリアルでも女性同士がやたらくっついてたりするのも、好きではありません(別に恋愛感情などではなく、コミュニケーションの一環であるとわかっていても)。多分、自分が入れない世界を感じてしまうのが嫌なのだと思います。疎外感と言ってしまっていいのかわからないのですが……。

 

 ところが『ラブライブ!』に関しては別なんです。すんなり許容できるどころか、めちゃくちゃ楽しんでいます。世間的には「にこまき」が一世を風靡していますが、僕はやっぱり大人の「のぞえり」。先日のオンリーイベントでも、数が少ないながらステキなのぞえり同人誌に出会えて嬉しかったです。夏コミも楽しみ!

 

 と、新しいエリアで楽しんでいる僕なのですが、この二次創作カップリングエリアにどっぷり浸かっているのはちょっと「危険」かも、と思い始めました。

 

厄介な「恋愛状態」

 一体何が「危険」なのか。僕個人の感覚でしかないのかもしれませんが、本当の彼女たち自身を忘れそうになるのです。

 

 「カップリング」と言えば冒頭で挙げた百合、あるいはBLといった同性同士。そしてもちろん、ノーマルカップリングと言われる異性同士のカップルもあります。これらのジャンルの二次創作では、本来恋愛関係にない人たちが恋愛をしています。

 

 この「恋愛関係」というのは、人間の中でも少々特異な状態です。片思いであれ、密かな両思いであれ、セックスまでいっている間柄であれ、恋愛感情をもっている状態は、そうでない状態とはまったく異なります。別人と言ってもいいくらいです。例えばあなたが誰かと友達だった時と、ある日を堺にその人を好きになってからとでは、相手に対する心情や感覚、ともすれば態度さえもが、以前と全然違うものになってしまうでしょう。

 

 こうして、恋愛状態にある人は、そうでない時と別人になってしまいます。そしてもうひとつ。第三者が「この二人は恋愛状態にある」と思いながら見た時、第三者から見るその二人は、恋愛状態にない時とは全然違う見え方になってしまうのです。

 

 例えば冒頭に掲載した絵里と希のキャプチャ。「単なる親友同士」と思って見た時と、「実は恋人同士」と思って見た時とでは、ガラリと感覚が変わると思います。いかがでしょう。
 分かりにくければ、学生時代を思い浮かべてみてください。ただの友人同士だと思っていたクラスメイト二人が、実は両思いだったと分かると、彼らを見る目が変わっていったりしませんでしたか?

 

 こんなふうに、本人たちも、それを眺める僕も変わってしまう。恋愛状態ってこんな厄介な一面もあるのです。ある意味、色眼鏡と表現できるかもしれません。ではその色眼鏡をかけた状態で見ているとどうなるか。本物を見失いがちになると思うんですね。

 

 

彼らの生きている場所

 

 たまたま、書く前に見つけたツイートです。かなりはっきりとおっしゃっていて、一体何があったんだと思ってしまう言い方です。が、極論化すれば、過ぎた色眼鏡をかけたままでいてしまうと、「物語世界を歪ませる」ことになりかねない。対象も、対象を見る目も変わってしまうのですから。

 

 決して二次創作でのカップリングを否定しているわけではありません。前述しましたが、僕自身楽しんでいるし、頭の中で考えたりもします。『ラブライブ!』で言えば「にこまき」はアニメ版の彼女らだからこそ成立するのであって、原案である公野櫻子版ではそうもいかないんじゃないか……とか、公野櫻子ラブライブ!を読むと「えりうみ」が確かに非常にしっくり来る……とか思っているわけです。

 

 二次創作者や、二次創作を楽しむ人々が、本当の意味で作品を楽しんでいないとは思いません。作品を受けて、そこから自分なりに深化させたものが二次創作物であって、そういう意味では僕が毎週書いていた「感想・考察」と通じるものです(もっとも、感想や考察は創作とは区別されるものだと思いますが)。

 

 

 ただ、大前提として、やっぱり「公式」が本物なんです。

 

 

 本物ってどういうことか。作品に登場するあらゆる人物が実際に生きている場所です。『ラブライブ!』で言えば公野櫻子さんのテキストだったり、アニメやボイスドラマだったり。二次創作を楽しむ上で、この実際に生きている場所から目を離すのは、いけないというかもったいないと思います。

 

 実際に生きている場所をきちんと把握しているからこそ、そこから広がった二次創作の世界の深みや新たな魅力も楽しむことができます。そして何より本質を、登場人物たち自身を見誤ることがありません。『ラブライブ!』に限らず、どんな作品でもそうなんじゃないかと考えています。

 

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