矢澤にこの無防備な部分

 「きっと、いまのニコはすこしだけ油断して無防備になってる」

 スクールアイドルダイアリーで、μ’sの一員になったにこが、ふとこぼした一言です。逆を取れば、彼女にはずっと守ってきたものがあったということ。それは一体、なんだったのでしょうか?

 

 夜になると光が差し込まなくなるような薄暗い場所に建つ、古い自宅。「友だちに恥ずかしくない家」がよかったとにこはひとりごちます。見栄を張りたいという率直な気持ち。それは、年頃の女の子らしさでもあるでしょう。

 理想に見合う人を見せたい。“アイドル”というイメージを大切にする、にこらしい感情です。この「アイドルにふさわしい自分」というものが、彼女が守ってきたもののひとつ。

だって――なによりニコに似合わないニコよ。
こんなぼろっちくて、古っぽい小さな家。
こんなところに住んでるなんて、みんなには絶対。
見られたくない――。

 そんな家に帰ったにこはふてくされるかといえばそうではありません。笑顔で迎えてくれるこころ、ここあの2人の妹のため、ご飯を作ってあげたり、一緒に食べたり。可愛い妹たちがきちんと生活できるように、笑顔でいられるように、姉を通り越して母親の代わりをしています。

 母親の代わりをするという行為は、夢を追うこととは正反対。目の前のことと相対する必要があります。夢を追いかけたい年頃であり、その熱意を人並み以上に持っていながら、現実とも向き合い、その現実を守っているのがにこです。

 懸命に夢を追いながら、現実とも向き合っている。一見、両立し得ない行為ができているのはなぜでしょうか?

 

 にこが“アイドル”=夢のイメージを大切にするのは、現実に負けたくないからです。にこは幼いころから、オーディションの落選、UTXの法外な入学金と、「お金」という一番リアリスティックなものに負けてきました。

 それでも彼女は自分を曲げません。「泣いたら――本当に負けるもん」。彼女にとって現実とは、仕方がないものではなく、絶対に屈してはいけないものなのです。そんなもののために自分の夢を曲げない。そんなものに自分の価値を決められたくない。

 “そんなもの”でにこの価値を決めなかったのが、μ’sでした。お金、古い家、外的要因ではなく、彼女たちは矢澤にこその人自身を見つめていたのです。

 スクールアイドルダイアリーの最後には、風邪で倒れたにこの家にμ’sメンバーが駆けつけるシーンがあります。にこにとってはずっと隠していた自分の家をとうとう見られてしまった瞬間でもありましたが、弱っていたこともあってか、にこはそのことを受け入れました。観念とも違う。弱っているところを見せたからこそ、その弱さを含めた本当の自分をさらけ出せたのです。

なにも考えたくない――うぅん。
もうなにも考えなくていいんだって、そんな気がした。
もうこの人たちに見栄を張らなくてもいいんだって。

 古い家、つまり自分の恥ずかしい部分に入れることができたというのは、μ’sを受け入れたということ。絵里の言葉を借りれば、にこは本当の意味で「運命共同体の仲間」になれたのですね。

 

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