ラブライブ!2期12話「ラストライブ」感想 ラストライブをもう一度

ラブライブ!2期12話「ラストライブ」感想 ラストライブをもう一度

 先日、恩師が亡くなったという日記を書きました。その人がこの世界にいるという日常がふと途絶えるのが「死」です。その人がこの世界にいないという非日常を、これから少しずつ感じていき、いつしかそれが新しい日常に変わっていくのだろうと思っています。

 対して、μ’sはどうか。卒業というタイムリミット、終わりの時というのは、乱暴な言い方をすれば「死」に近いものです。「死」という非日常がだんだんと近づいてくる。それは、ひとつの日常の終わりを意味します。

 12話は、まず日常を守ろうとするμ’sの姿から始まりました。

 

終わろうとする日常

 文化祭の講堂使用権の抽選では盛大に外した部長が、今度は大トリという名誉ある大役を引き当てました。ここにきて、部長・面目躍如といったところです。

 雑に労をねぎらう凛たちに対して、拗ねた様子を見せるにこ。でも、実はにこもわかっています。「最後まで、いつもの私たちでいようってことでしょ」という言葉のとおり、1年生からのイジられ役になるにこ。卒業間近だからといって、特別な扱いはしないし、されたくもないでしょう。3年生のことを変に大事にしすぎない。このことを、最下級生の1年生がやるからこそ価値があります。ちょっとやそっとじゃ変わらない、いつもどおりの関係でいる。結果的に、それがにこ自身のことをも大事にしているのですね。

 

 こんなやり取りのあとは、みんなで練習して帰る。それがμ’sの日常でした。その日常が今、終わろうとしています。

 

 人一倍、この日常が終わることに敏感なのが花陽でした。他の全員も気づいていたでしょうけれど、敢えて気を向けず、翌日のラブライブ本戦に集中しようとしていた。しかし、この心優しい女の子は、どうしても振りきれなかったのです。

 きっと、μ’sのみんなのことが大好きなのでしょう。というと月並みすぎてしまいますが、この一言がすべてだと思うのです。やりたいことがあるのに一歩を踏み出せなかった自分の背中を押してくれて、勇気を奮い起こした自分を受け入れてくれて、心から尊敬できる人がいて……花陽は、みんなのことがとびきり大好きで、とびきり大切。だから部室のシーンでひとりにこのフォローに回った。そして今は訪れんとする非日常をなかなか受け入れられずにいます。

 でもそれは、本当は9人全員が抱えていた感情。翌日のラブライブに何とかして目を向けようとしながらも、一緒にいる時間を延ばしたいという気持ちがあったからこそ、神田明神に来た。お参り後、いったんは別れたものの、やっぱり別れがたく、みんな自然ともう一度集まった。9人とも、思っていることは一緒なんですね。

 

スクールアイドルやって、よかった――

 10代の頃の “お泊まり” って、結構特別なイベントではありませんでしたか? 僕は友人が近くに住んでいなかったので、友人宅にお泊まりというのは、ことさら特別な一日に感じられました。

 μ’sはお互いにご近所さんのようではありますが、卒業間近に改めて9人揃ってお泊まりというのは、きっと嬉しいものだったでしょう。妙にテンションが上がったり、お互いのことをより理解しあえたりする、 “お泊まり” という特別な時間。それを慣れ親しんだ、そして彼女たちが救った学校でできるというのも、またスペシャルなことです。

 暗いのが怖い絵里。「新たな発見やろ?」とからかう希。2期2話の合宿で、絵里が暗いのが苦手なことを知っていた真姫がちゃっかり電気を消しているのも、またお茶目ですね。これだけ仲良くなっても、まだ「新たな発見」があるのは、きっと嬉しいことでしょう。9人揃ってから今まで、言っても大体10ヶ月ほどです。太く短い、濃密な時間を、彼女たちは過ごしてきました。

 この1年にも満たない時間の中で、ひとつ確実に変わったことを、屋上で穂乃果が言葉にしています。

「偶然流れてきた私たちの歌を聞いて、何かを考えたり、ちょっぴり楽しくなったり、ちょっぴり元気になったり、ちょっぴり笑顔になっているかもしれない。ステキだね」

 心からやりたいと思うことをやるという意志をもって、ひたすらに突き進んできた穂乃果たち。「見向きもしてくれないかもしれない」し、「応援なんて全然もらえないかもしれない」(この1期3話で語っていた決意表明、昔オフィシャルサイトにあったプロローグの言葉そのものですね)けれど、「想い」を届けたいと言ってがんばってきた。それが廃校阻止という結果を出し、音ノ木坂学院の生徒とつながり、学校の外へと飛び出し、他者とのつながりがどんどん広がっていきました。今まで何度か話に出しましたが、2期のμ’sは学校の外へと出て行っていたのです。他校のスクールアイドルであるA-RISEだったり、ココロ・ココア・虎太郎といったメンバーの家族だったり、あるいはファッションショーで会った観客やモデルさんだったり。こういったつながりが重なっていく中で、穂乃果の中で他者とのつながりが、無視できないくらい大きなものになっていったのです。

 なぜか。穂乃果はおぼろげながら、やってきたことが届いている手応えを感じていたのではないでしょうか。

 外とのつながりという面では、当初はネットの声が彼女たちの元に届いていました。それが活動開始当初のμ’sの支えになっていたのは確かです。今もきっとネットの声がμ’sに届いていて、励みになっていることでしょう。

 と同時に、ステージを重ねるうちに、色々な人、そしてたくさんの人の前でパフォーマンスをし、ダイレクトな反応を受けてきた。やっぱり、モニタの向こうから受け取る声と、面と向かって受け取る生の声は種類が違います。このダイレクトな反応を受けて、知っている人でも知らない人でも、自分たちの歌やダンスが誰かを少しでも楽しませたり、元気にさせたり、笑顔にさせたりすることができたかもしれないという手応えが、穂乃果の中にあったのだと思います。だから、先ほど引用したような言葉が出てくる。知らない誰かが自分たちの歌を聞いて何かを感じているかもしれないという想像ができる。

 そして、それは “スクール” アイドルだからできたこと。1期4話でことりが語っていたように「プロのアイドルなら私たちはすぐに失格」だったんです。でも、スクールアイドルだから始められたし、続けられた。こう書くと消極的選択に見えてしまいますが、廃校の危機に瀕した学校を救うため、学校の看板を背負ってスクールアイドルを始めた彼女たちの選択は、むしろ積極的でしょう。プロ野球にないものを高校野球がもっているように、プロのアイドルにないものをスクールアイドルはもっていた。それを届けるのは、スクールアイドルだからできたことです。だから穂乃果は、たくさんの人がいる街に向かって叫んだのでしょう。私、スクールアイドルやってよかった――!

 

今までの気持ちと、想いと、ありがとうを、全部のせて歌おう

 やりたいことをやるというのは、極端な言い方をすれば、やっていればそれでいいんです。向かい合う相手は自分で、その中でやりたいことを追い求める。でも、やったことに対する結果だったり、反応だったり、あるいは助けがあって、μ’sは “みんなと一緒であること” を知りました。観客に代表される “受け手” がいて、受け手の思いをこちらが受け取って、また返して。あるいはメンバー同士でこのプロセスをたどって……。そうやってμ’sは成長してきました。続けてこられました。「やりたいことをやる」から「みんなと一緒に最高の時間を過ごす」へ作品のテーマが変化するのと一緒に、μ’sの活動の中にある思いも、同じように変わっていったのです。

 それはすなわち、全員の目標の一致。

 バラバラだったみんなの「やりたいこと」を、たまたますべて内包していたのがスクールアイドルでした。しかしスクールアイドルを続け、仲間やファンとともにいる中で、「みんなと一緒に最高の時間を過ごす」という目標を、全員がもてるようになった。だから、

「もう全部伝わってる。もう気持ちはひとつだよ。もうみんな、感じていることも、考えていることも同じ」

 なのです。

 

 卒業するのは、3年生だけではありません。9人全員が、μ’sから卒業します。まさしく「みんなの想いが導いた場所」で披露したラストライブ。これで終わりかと思いきや、もうひとつ特別なステージが、μ’sには用意されていました。

「このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて、全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命がんばって、私たちがとにかくがんばって届けたい。今、私たちがここにいる、この想いを」

 ずっと「想い」を伝えたい、届けたいとがんばってきたμ’s。その「想い」を受け取った人たちが創ってくれた、もう一度のラストライブ。鳴り止まないアンコールは、μ’sの「想い」が伝わった何よりの証拠であり、μ’sの「想い」を受け取った人たちの「想い」の発露です。手応えどころじゃない、抱き続けてきた「想い」が届けられたことを、穂乃果は大粒の涙を流しながら “確信” したのです。

 思い返せば、すべての始まりは「叶え!私たちの夢――」でした。最後は「叶え!みんなの夢――」です。私たちから、みんなへ。μ’sとともに僕らは、僕らとともにμ’sは、最後にどんな夢を抱くのでしょうか。願わくば、「いつかもう一度みんなでステージに立つ」、そんな夢を穂乃果たちが新たに抱いてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。

 

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