ラブライブ!2期5話「新しいわたし」感想 または新しい自分になるために必要なもの

 この回、かなり楽しみにしていました。というのも、僕にとって凛はμ’sの中で一番よく分からない子だったんです。1年生は変わる前も後も、よくも悪くも外的要因に左右されている子たちだなと思っていたのですが、その中でも凛はこれまでほとんど裏表を見せないままでいたので、イマイチ追いにくい存在でした。同じ表だけしか見せない人でも、希は絶対裏があるやろと思わせてくるので、ついつい気になってしまうのですが……。

 

 そんなわけで、今回凛が悩みやコンプレックスに苦しむ姿が見られて、凛には悪いけどすごくよかったと思っています。とても人間らしく、また女の子らしく見えてきました。

 

許されない自分

 星空凛。自由奔放に見えて、彼女は自分を型にはめる人間でした。はめた型の中で自由に動き回るといいますか。端的に言えば「これなら許される」という範囲で動いていたのです。一方で凛の中には、世間様が許してくれないだろうと自分で思っている自分がいます。それが “女の子っぽい格好をしている星空凛” でした。

 リーダーを務める自分はまだ許せても、あの純白のドレスを着る自分は許せなかった凛。どれだけ他のメンバーが肯定してあげても、凛は聞きません。「女の子っぽい格好は似合わない」、あるいはそれに準じた言葉を、この15年の間に散々浴びてきたからです。その中には、ここまで否定的な言葉でなくても、例えば「ボーイッシュなのが似合うね」という言葉も入るでしょう。その数は、今肯定している「5人」という数よりも、ずっと多いはずです。それが凛の経験してきた「世間様」です。

 しかし彼女には願望があります。女の子っぽい格好をしてみたいという願望が。あれだけ女の子っぽい格好をする自分を否定しておきながら、未だにスカートやワンピースを持っているのが証拠です。でも絶対に着ない。「凛には似合わない」から。そう言われてきたし、自分もそう思うようになったから。

 代わりに、凛はその願望を花陽に託しています。託しているかどうかは推測の域を出ないのですが、純白のドレスを花陽が着ることになった時の喜びようや、「それでいいの?」と問われた時の肯定ぶりを見ると、なんだかそんな風にも見えてくるのです。そうやって、自分の願望を昇華している。まるで自分の叶わなかった夢を子どもに託すかのよう。15,6の少女がやるには、いささか不健康すぎます。

 

 

花陽のお返し

 さて、凛の願望を託された花陽は、穂乃果に電話で相談します。「穂乃果ちゃんだったらどうする?」「花陽ちゃんが決めることだよ」。おもしろいですね、以前に全く同じ会話をした親子がいました。そう、理事長が娘に言ったとおり、大事なのは自分がどうしたいか、そしてそれを選ぶ勇気です。ことりは旅立つ直前に、穂乃果とともにそれに気づき、本当にやりたい道を歩むことができています。

(この場面では、“ことり留学未遂” の件が穂乃果の中で活きているような気がしました。「凛ちゃん、困ってるみたいだし、無理に言ったらかわいそうかなって」という花陽の言葉を受けて、これは彼女の本当に進みたい道じゃないと穂乃果が察知したのも、この経験があったからかもしれません。)

 じゃあ花陽の進みたい道とは? この衣装は凛に着てほしい、ですよね。だって凛に絶対似合うから。そして、女の子っぽい格好も似合うんだってことを、花陽は凛に知ってほしかったんだと思います。

 1期4話で、凛がこう言っていました。「かよちんはずっとずっと前から、アイドルをやりたいと思ってたんです」。凛は花陽がやりたいことを知っていました。逆もまた然り。凛がずっとずっと女の子らしい格好をしたがっていたことを、花陽は知っています。

 声が小さくて引っ込み思案という、花陽に対する外からの評価を、「ずっと前からアイドルをやりたいと思っていた」「この子は結構歌唱力あるんです」と別の評価で覆してくれた凛と真姫。真姫は花陽に「自分はアイドルに向いていない」と思わせないように、本当は向いているんだと説得してくれました。そして凛は、アイドルをやりたいという花陽の思いを最大限に尊重してくれました。今度は花陽が、それを凛に返す番です。

 こうしてようやく、μ’sという外的要因が、凛の中の「世間様」という不特定な外的要因を超えました。でもそれじゃあ足りないのです。踏み出す一歩の最後のひと押しができるのは、自分自身だけなんです。

 

 

最後に必要なもの

 ちょっと説教臭い話をします。子どもの頃って、自分のことをものすごく自由に考えられます。型にはめず、何にでもなれる思いがありました。僕は幼稚園の頃、本気でターボレンジャーになると思っていました。これくらい、自由に夢をもっていた。

 でも、年を重ねる中で知識が増えたり、自分で色々やって成功したり失敗したり、あるいはそれこそ人から何か言われたりしたことで、いつの間にか「自分はこういう人間」と型にはめてしまいます。こうしてできた型の外にやりたいことがあるなら、その枷を外して一歩踏み出さないといけません。このために必要なのは、他人の肯定、そして変わる自分をさらけ出す勇気です。

 型というのは、自分で自分に対してもっているイメージ、または他者が自分に対してこういう印象をもっているだろうというイメージです。言わば、既に作り上げられた自分自身のことです。型から抜けることを肯定する他者の言葉(この回で言うと、可愛い服も似合うよというμ’sの言葉)は、肯定であると同時に否定でもあるんです。“現在の自分“ が否定されるわけですから、どうしても素直に聞けず、自分のことを守ってしまいます。だから、他者の肯定は確かに必要なものですが、それだけで型から抜け出せるわけではありません。結局、自分を一度壊して新しい自分を創造できるのは、自分だけ。

 そうするための勇気を、この本番直前というギリギリの状況で、凛は生み出しました。もちろん、花陽たちの力を借りて生み出したことは確かです。でも、教室で花陽が純白のドレスを着たシーンで、凛が教室を出る際に見せたあの悲しそうな表情。僕には、一歩を踏み出せなかった自分への落胆や悔しさ、残念さを表しているように見えました。だからこそ凛は、再びやってきたこのチャンスをマイクとともにしっかと掴み、ステージに立ったのではないでしょうか。

 「気後れする」と花陽とともに嘆いていたステージで、「一番可愛いわたしたちを見ていってください!」と、堂々と言えるようにまでなった凛。長年の呪縛から解放され、新しい自分を生み出した瞬間です。彼女にとって、一生忘れられない舞台になったことでしょう。

 

見守る先輩

 最後にちょっとだけ3年生の話。真姫の時はあれだけお膳立てをしていた3年生が、今回は励ましこそしたものの、わりかし流れに任せていたのが印象的でした。結果的に凛や花陽のやりたいことを引き出し、最後までほぼ1年生で解決しているあたり、1年生の成長と3年生の大人ぶりを感じずにはいられません。最上級生と最下級生の組み合わせという物語、とても楽しく味わえました。

 

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