花陽の席はなぜ廊下側なのか

 ここらへんの話はあまり詳しくないのですが、多分こういうことなんだろうな〜と思ったので、ちょっと書いてみます。さらり、さらりと……。

 

 アニメ4話「まきりんぱな」で、花陽が教科書を読むシーンがあります。ここで彼女の机は一番廊下に近い列にあると判明したのですが、ここに配置された演出的な理由があるのです。

 

問題のシーン

 キャプが見つからないので直撮りでやっちゃいますが、このシーンです。

 

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 今回参考にするのは ”GAINAXアニメ講義第1回 「上手・下手、イマジナリーライン」” です。この中で「上手・下手」についてのお話を引用させていただきます。

 

もともとは、演劇やステージのルールだったものだと思います。
観客席から見て、右側が上手。左側が下手。
演じる人が入ってくるのは上手側から、退場するときは下手側へ。映像も一緒で、画面の右側が上手、左側が下手。誰かがインしてくるときは上手からになります。アウトしていくときは下手へ。
上手から入ってくるという事は、キャラクターは左向きで芝居をするという事です。キャラが能動的に動いて何かをしているときは、たいてい上手から下手に向かって行動しています。

(中略)

『新世紀エヴァンゲリオン』の第1話で、冒頭、使徒が攻めてくる場面では、使徒は上手から下手に向かって移動します。ところが、終盤、初号機が使徒を迎え撃つ場面では、下手に使徒がいて、上手にエヴァがいる。アクションの主体が誰なのか? その主体のアクションは、上手から下手に向かうのが基本と考えていいと思います。

 

 

 教室にいるキャラクターを能動的に映す際は、教卓から映すことになります。顔が見えるからです。その教卓からのアングルで見た時、上記で言う上手が窓側、下手が廊下側になります(なんで下手側に窓が来ないかというと、多数いるとされる右利きの人が筆記する際に、腕の影が邪魔しないようにするためです。アニメ関係なく、一般的に造りがそうなっています)。

 

 つまり、下手に配置された花陽はアクションをする側ではない、端的に言えば受け手になるわけです。「先生にさされて、クラスメイトに笑われる」という受け身の役割、ひいてはなかなか自ら一歩を踏み出せないこの時の花陽自身を、この配置で表していると言えます。

 

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 富野由悠季監督も自著「映像の原則」で同じことをもっとはっきりとおっしゃっています。引用すると、

 

 それと同じようなことで、右と左ではどちらが ”上か下か?” という問題も、先に書いたように、右に見えるものが上位で、左に見えるものが下位となります。
 強いものは、右から出てきますし、右から左に動いているように展開されたほうが正確につたわります。同時に、自然な流れ、当たり前の流れに見えますし、左から右に動くものよりも、短い時間感覚でとらえられます。

(中略)

 これを演劇的に応用すると ”当たり前に来るもの” ”舞い降りるもの” ”大きなもの” という意味性を持たせるためには ”上手から登場させればいい” ということになります。そのぎゃくが下手で、”弱者” ”虐げられている者” は下手におきます。

 

 

 言ってしまえば、ここでの花陽は「弱者」になるわけですね。

 

 ちなみに2回目の教科書を読むシーンのあとに、真姫のこんなカットが入ります。また直撮りですが、

 

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 真姫の視線は上手から下手です。アクションを起こす側の配置にいて、何かすることを予感させてくれますね。で、実際にこのあと落ち込む花陽を励ましに来るわけです。この時の登場も上手側からになっています。

 

 4話は冒頭のアルパカのシーンなども含めて、このルールがかなりわかりやすく明示されている回です。上手・下手を念頭に置きながら、改めて観ると新しい発見があるかもしれません。

 

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