文章の魅力的魔力

 大学時代はひたすら本を読んでいました。一本の電車に長く乗る通学路だったので、その間ずっと文庫本を手にしていたり。なけなしのバイト代をすべて紀伊國屋書店で使い切ったり。

 当時ほど読まなくなったのは、Twitterを使い、iPhoneを手にしてからです。永遠に流れてくる文章。みんなの日常とコミュニケーション。ステキな言葉、面白い言葉。気持ちと考え。Twitterのみならず、Blogやホッテントリだっていつでも手元で読める。そう、iPhoneならね。

 

 今、久しぶりに文庫本を読み進めています。確か1カ月ぶりくらいだったと思います。伊坂幸太郎の「砂漠」という作品です。これがとにかく面白い。面白いというか、快感です。文章を追うのが楽しくてやめられず、ずっと読んでしまう。例えるなら缶のピーナッツです。

 伊坂幸太郎だからというのもあるでしょうが、僕は多分、他の作品を今読んでいても同じことを思ったでしょう。東野圭吾でも、角田光代でもいい。石田衣良でもよければ、北方謙三でもいい(ピーナッツというよりはおせんべいくらいになりそうですが)。中村航の爽やかだけど一滴だけしずくを落としたような恋愛小説は大好物だし、故・野沢尚の名作「龍時」は希代のサッカー小説です。

 

 ただの文章です。今あなたに読んでもらっているこれと同じもの。だけど、どうしてこんなにも気持ちいいのでしょう。頭の中を適度な力で押してくれるような感覚。マンガやラノベでは力不足で、新聞やライフハック記事では強すぎる。この力加減は、彼ら小説家にしか出せないものです。

 

 お風呂でいたく感動して、火照った身体と気分のまま、夜中にiPadを叩いて書きました。どうかこの文章も、彼らのようにいい塩梅でありますよう……。

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